ただ、どうしているのか? 元気なのか? 今日の試合に勝ったこと。そんなことを楽しく会話するつもりだった。
なのに………
なのに、メリエムの姿を見るや瑠駆真の存在が思い出され、嫉妬が胸の中に渦を巻く。
わかっていたはずだ。
自分がバスケ部に入れば、駅舎へ行くのが困難になり、瑠駆真と美鶴の二人だけの時間が増える。それが必然だと、わかっていたはずだ。
承知の上での決断なのに、やはりそれでも不安になる。
自分との仲が疎遠になり、逆に瑠駆真とは親密になってしまうのではないか。自分の存在を、忘れられてしまうのではないか と――――
美鶴は、聡の想いを素直に認めてさえくれていない。そのうえ逢う機会が減れば、聡がぶつけた想い自体に、一層の疑惑を抱きかねない。
そもそも、バスケ部などに入部して逢う機会を減らしたのは、聡の方だ。
「美鶴………」
気がつくと、そう呟いていた。
フラフラと、まるで亡霊のような足取りですぐそばまで寄ってくる。
「好きだ」
口に出して言わなければ、今までの何もかもが嘘になってしまうような気がした。
両肩に手を乗せ、虚ろな瞳で見下ろす。
美鶴は、背筋に寒気を感じた。
「さ…… とし?」
「好きだ」
この気持ちは、嘘じゃない。
魘されたように繰り返し、肩に乗せた手に力を込める。痛みに美鶴の顔が歪む。
「―――― 好きだ」
伝えなければ、伝わらない。雰囲気でわかってくれなんて、そんな悠長な甘い考えでいては、また後悔してしまうかもしれない。
さらに力を込めて、美鶴を抱き寄せようとする。
「や、やめろっ」
慌てて押し戻そうとする。辺りへ視線を巡らす。
誰もいない。
だが、いつ誰が通りすがるかもわからない。
「やめろっ 離せってっ」
声を潜め、騒ぎにならぬよう気を配りながら、必死に押しかえす。
「バカッ 何してんだっ」
だが、聡の腕力にかなうはずがない。押し返すつもりが、逆に押し進められる。
「いてっ」
道路わきのブロック塀に背中をぶつけた。
「聡っ 落ち着けっ 落ち着けよっ」
だが、声など聞こえているのかいないのか、聡はただその瞳に美鶴を映したまま、ゆっくりと、力強く身を寄せてくる。
「美鶴……」
誰にも、渡したくないんだ
「落ち着けってっっ!」
パァ――― ン
それほど大きな音ではない。痛みを与えるというほどのモノでもない。
だが聡は、頬の衝撃に目を瞬いた。
「いい加減にしろっ」
必死に怒りを抑える美鶴の声が、すぐ眼下から聞こえてくる。ハッと飛び退き、腕を引く。
「ご ごめん」
ようやく開放されても、美鶴は安堵を感じない。両手の掌を合わせ、その指先を忙しく動かしながら唇に当て、視線は合わせない。
「美鶴」
「用がないなら帰れ。私も帰る」
ピシャリと言い放たれ、だが掌に残る感触が、聡に未練を沸きあがらせる。
こ、このままサヨナラ?
せっかくココまで来たのに?
…………
「ちょっと…… 寄ってってもいいかな?」
美鶴は驚いて顔をあげた。その表情には、微かに恐怖のようなモノが隠れている。
こんなヤツを部屋にあげたら、何をされるかわかったもんじゃない。
かと言ってここで邪険に扱えば、この場で何をされるかわからない。聡が我を見失うと、正直怖い。
焦る美鶴の脳裏に、白塗りの生首がニィ〜と浮かび上がる。
「おっ ………お母さん居るから、ダメ」
「え? おばさん、居んの?」
美鶴の母が不在がちなのは、聡も知っている。
ってか、別に居てもいいんじゃないのか? これじゃあまるで俺が……
……… うっ
だが、そんな聡の心内を読むほど、今の美鶴にも余裕はない。
「うん 珍しくね」
そう言ってホッと息を吐き、なんとか平静を取り戻しながら、両手を下げた。
「アンタが来ると何かとうるさいから、悪いけど帰ってくれる? 雨も降りそうだしさ」
「あ…… おいっ」
目を丸くして何か言い出そうとする聡へ背を向け、足早に歩き出す。
「じゃあね」
まるでその場から逃げ出すかのよう。
実際美鶴は、一刻も早くその場から、聡の前から逃げ出したかった。
ヘンなところで役に立った母親の待つマンションへと、いつの間にか駆け出していた。
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